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「夢」 ― つれづれに
アイエーグループ社長   「もりやひでとし」の日記
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「瓢箪から駒」も、ご縁のお蔭
 今年も残すところ2週間になりましたが、年明けには「あい情報」マガジンを発行することになっています。
 一昨年の年明けに企画が始まった「あい情報」Webですが、2年を経過してマガジンになります。勿論、最初からそれを計画をしていた訳ではありません。
 そもそも、11年前に取り組んだホームインステッド事業。その事業を何とか育てたいと思って始めたのがラジオ大阪「毎日ごきげん!ホームインステッド」と言う番組。この番組をきっかけに泉北タカシマヤにホームインステッドのサテライトショップを出店することが決まり、そのショップ運営のために始めたのが「あい情報」Web。泉北タカシマヤでの取り組みと「あい情報}Webの取り組みが堺市役所の目に留まって、堺市からの調査業務を受託。その業務がかねてから考えていた「あい情報」の拡大と合わさって、「あい情報」マガジンの発行につながります。
 その間には、「おおさか地域創造ファンド」に事業採択されたことや、「さかい新事業創造センター」への入居など、声をかけて頂いたきっかけを逃さず取り組んだことも全てここにつながっています。
 さて、この次はどんなご縁やチャンスが待っていることでしょう。経済的にプラスにならなかったことが多すぎて、余分なことばかりしているように感じなくもないですが、その時々の挑戦はとにかく面白いことばかりです。


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「勤続21年を超えた同志の卒業に思う」
 ダスキン加盟店経営に全力で取り組んでいた私が英語教室の経営を引き受けることになった時、その人に出会いました。元の経営者の時代にパートタイマーとして受付などをしていた人ですが、私の代になってからも引き続き力を貸して頂くことをお願いして、気が付いたら10年間英語教室、ベビーシッターサービス、幼児教室、パソコン教室などの運営を手伝ってもらいました。
 それから更に11年間、ホームインステッドサービスの立ち上げから今日まで中心的な役割を果たして頂きました。
 その彼女が今年の10月末で退職をされたのですが、それも定年を過ぎてからは1年毎に継続をお願いして何とか続けて頂けた1年1年でした。
 振り返ってみると、一つのことをお願いして毎回断られるのですが、引き受けて頂いた後は誰よりも熱心でその成果も人並み以上でした。おまけに、給料アップを提案すると「困ります。どうしても上げないといけないなら私は退職させて頂きます」と、昇給も断る始末。わずかの給料を上げさせて頂くこともできませんでした。
 そんな大恩人が10月末で退職されました。正社員かパートタイマーか、そんなことは全く関係なく、する人はするし、できる人はできると思い知らされた21年余りのご縁でした。
 本当にありがとうございました。

勤続45年以上の重みをヒシヒシと感じました。
 ダスキン創業50周年を記念して、近畿地域でダスキンに関わる人たちの中から約4000人が神戸に集まりました。
 これまでの50年の振り返りやこれからの夢、そして楽しいコンサートなどもありましたが、何よりも参加者の心に残ったのは「勤続45年以上の方の表彰式」だったように思います。
 特に、この日の表彰式を楽しみにしながらも病魔に勝てずに5月にお亡くなりになられた方のご家族からのメッセージは多くの方の涙を誘いました。45年間、どんな思いでダスキンの仕事に取組み、お客様にどれほどの真心を届けてこられたことか、その方のお気持ちが会場の端々にまでしっかり行きわたりました。
 「この道に間違いはない」。後に続く4000人の参加者にとって、何より大きな50周年のプレゼントになったことと思います。
宮古島、石垣島ガイドブック
 観光地によくあるガイドブック。レストランや土産物店が写真入りで紹介されていて、空港やホテルで無料で手に入ります。
 日本でも屈指の観光地、沖縄の宮古島と石垣島でそのガイドブックを作っている嵩原昇さんにお話を聞いてきました。嵩原さんは20年前に海外旅行をした時に、「こんなガイドブックが宮古島にあったらいいな!」と感じたその思いだけで「宮古島ガイドブック」を作ってしまいました。
 創刊号は見本誌も何もなく、自分の想いだけで宮古島のホテルやお店を周ったそうです。4月に募集を始めたものの一向に掲載店数が増えない中で、今までの仕事の付き合いで有料掲載を承諾してくれた70軒との年内発行の約束を果たすために、十分な内容ではないものの、12月20日に創刊号が発行されました。その出来栄えと観光客の反応を見たその他のお店からは一気に掲載希望が増えたと言います。それから遅れること3年、石垣島ガイドブックも発行されました。
 嵩原さんのお話を聞く中でとても印象的だったのが、ガイドブックの表紙に「0円」とか「無料」と書かないこと。
 確かに無料で配っているのだけれど、大きく「無料」と書いてあればガイドブックを配ってくれているホテルやタクシーの運転手に申し訳ないとの思いから。配る手間は無料じゃない。その方々のお蔭でガイドブックが無料で配れていることを大切にしておられます。
 もう一つのこだわりが、割引クーポンを付けないこと。「こんな小さな島で割引競争をさせたくない」と言う思いからだそうです。
 どこまでも、自分の生まれた沖縄の島のために尽くしたいという嵩原社長の想いが伝わってきます。


3月11日の「半旗」
 東日本大震災から3年が経ちました。遠く大阪にいても、震災後に訪れた石巻のことや閖上の様子が思い出されます。
 今年の3月11日、堺市にある仁徳天皇陵に毎日掲げられている日の丸が「半旗」になっていました。通りかかった時に、国旗が中途半端なところまでしか上がっていないことに違和感を感じたのですが、「そうか、今日は震災の日で、たくさんの方がお亡くなりになったことを悼んで半旗なんだ」と気づきました。仁徳天皇陵は宮内庁の管理になっていて、管理事務所があります。その事務所にも国旗が掲揚されているのですが、そこの国旗も半旗になっていました。国旗の竿の先にある金の玉が黒い布で覆われていたのです。
 最近は国民の祝日と言われる日でも国旗を見ることが少なくなりましたから、「半旗」を目にすることはまずありません。久しぶりに「半旗」に出会って一層、この日が日本国民全体の弔いの日であることが胸に沁みてきました。


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